タクシードライバーになるまで。そして今 | Free Life 太郎と妻と愛犬と。時々仕事

タクシードライバーになるまで。そして今

その他

どうも太郎です

 

この毎回始まる

 

太郎
どうも太郎です

 

このスタートもあと僅かかもしれません

 

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私がタクシードライバーになろうと思ったきっかけは

 

 

自営業の経営悪化です

 

 

細かく言う必要はないのですが

 

太郎
ちゃうねん!!!言い訳させて!!!

 

と言う部分もありますので言わせてください(笑)

 

細かく言うと経営悪化と言うより、人材の確保に困った点です

 

こんな私にも、華やかな時代がありました

 

ある人材派遣業を神戸で営み

 

大阪に支店もあり

 

ミナミで店を出し

 

かなり勢いのある時は懐に入るお金だけで年間3000万を越えていた時期もありました

 

まだ20代中盤の頃でした

 

この頃はまさかタクシードライバーになるなんて夢にも思いませんでしたし

 

栄光の未来しか見えていませんでした

 

神戸の街を我が物顔で歩き

 

タクシーの運転手さんに

 

太郎
新地。急ぎで

 

とかイキり上がっていました

 

意見をする近くにいた立ち上げメンバーを蔑ろにし

 

イエスマンばかり側に置き

 

有能な人材は去っていき

 

無能のイエスマンと無能の経営者しか残りませんでした

 

神戸に出していた居酒屋が傾き

 

大阪も人材確保が出来なくなっていき

 

傾きだしたら猛スピード

 

あっという間に解散の形となりました

 

最後まで残ってくれた相方に解散を告げた時

 

 

「そっか。わかった」

 

 

とたった一言

 

寂しそうと言うよりも、ほっとした顔を見て

 

俺は終わった

 

と本気で思いました

 

 

後半の苦悩は地獄でした

 

生活が出来る収入は十分ありましたが

 

人材不足による他の従業員への過度な労働時間

 

明らかに疲弊している面々を見るのも辛かった日々

 

全てを捨てて逃げ出したい衝動に何度駆られた事か。

 

でも終われない

 

こんな所で終えるわけにはいかない

 

ずっとそれと戦い続けていました

 

太郎
解散しよう

 

こう言えた時、自分の人生終了と同時に肩の荷が下りたのも正直な気持ちでした

 

 

妻のお陰でなんとか生きる事が出来ていますが

 

その時の無気力感は半端じゃなかったです

 

 

そして色々あり

 

相方に

 

太郎
俺、タクシーやってみようと思うねん

 

と言った時は鼻で笑われました

 

「まあ持って3ヶ月やな」

 

その3か月を無事越えた時、自分の中で少し成長できたのかなと思う事が出来ました

 

その位継続力もなければ傲慢だった私も

 

それなりに今を生きています

 

 

まだ腐っていない

 

まだやれる

 

やはり私はこのままでは終われません

 

人生2周分は経験出来たと思っています

 

今のこの辛い立場は、きっとまた今後役に立つ時が来ます

 

タクシードライバーを始める時

 

私は

 

死ぬ為に働く

 

こう思っていました

 

 

でもやはり私は生活の為に働く事は出来ません

 

働く為に生きる。

 

こうありたい

 

 

まだタクシードライバー人生は続きます

 

 

ですが

 

生きるために働くのではなく、働くために生きる。

 

また昔の様に血が滾ってきています

 

 

太郎は再び立ちます

 

いつになるかはわかりません

 

経営

 

特に立ち上げは、金ではなく人です

 

その時が来るまで

 

タクシードライバーは続けます

 

 

コメント

  1. 20代後半タクドラ より:

    太郎さんにそんな過去があったんですね、、、。経営者にしかわからない苦悩ってたくさんあるんだろうなと思います。かくいう自分は救命士として救急隊で主に機関員(運転専門)として勤務していました。精神疾患で辞めましたが今は伸び伸びとタクドラで生きています。お互いに経緯は違いますが頑張りましょう(^^)